2006年03月18日

よくよく定義を見てみると

さて、ナポレオンヒルの「成功哲学」(騎虎書房1996年版)での成功の定義は「成功とは、他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく、自ら価値ありと認めた目標【願望】を、黄金律にしたがって、一つ一つ実現していく過程である」というものである。

「目標」というのは、もういろいろなところで言われつくして少し飽き飽きしているので、違うところに目を移すと、一見普通の人なら誰でもやっていそうな部分にも実はナポレオンヒルならではの、言葉の重みがある。

例えば、「他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく」という部分。これは特に金銭的な面での成功を達成したいと考えた場合、非常に重みがある言葉である。

今は、コンプライアンスという言葉が日本でも次第に定着しているが、どうもそのことを体で理解できない人間がまだいる。粉飾決算などをしてM&Aに有利になるよう見せかけようなどというのは、この他人の利益を尊重していない輩がまだいるから起こることである。

手抜き工事のマンションなどは、単に安全に住みたいという客の権利を侵害するだけでなく、建築士という社会的に信用されている身分を脅かし、社会全体の安定を損なうようなものだ。

こう考えると、まじめな勤め人の場合は、この「他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく」という部分は普通に行っているのかもしれないが、一歩、自分で自分をコントロールしようと足を踏み出すときは、必ず守らなければいけないところだ。

特にロバートキヨサキのS、B、Iクワドラントを目指す人は朝から晩まで何べんでもこの成功の定義を頭に思い浮かべる必要があるだろう。

しかしEクワドラント、つまり勤め人だからといって、他人の権利を侵害せず社会的正義に絶対反しないという保証もない。

通常の大きい仕事場の勤め人の場合、組織が他人の権利を害せず、社会的正義に反しないような各種の規則を作っている。だから組織のルールを守っていれば、ある程度、社会から脱線せずに普通に過ごすことができるというだけの話である。

しかし職場の中であっても、今の状況から一歩踏み出そう、現代的な意味での変化を起こそうとなれば、この部分については十分に学習し、体に染みつけておく必要がありそうだ。
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2006年03月17日

「成功」の定義とは

今日から「成功」の定義を考えることにするが、まず成功哲学で知りたいことがあったら、一番最初にあたってみるのはナポレオン・ヒルとアンドリューカーネギーだろう。好き嫌いや、文化的に分かりにくいところ、キリスト教的倫理観の強さなど確かに現代風ではないところはある。

しかし、成功哲学そしてそれを代々人類の英知として伝えていこうという考えはナポレオンヒル(というよりアンドリューカーネギー)に発するものだと思う。

さて、彼の「成功哲学」(騎虎書房1996年版)を開くといきなり目次の後に「成功とは、他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく、自ら価値ありと認めた目標【願望】を、黄金律にしたがって、一つ一つ実現していく過程である」

と書かれている。成功とはどうもリッチになるとか、有名になるとかと言うことではないようである。「成功とは、他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく…」とここまでは、おそらく普通に生活している人は当たり前にしていることであろう。しかし、その後目標、【願望】(なぜ【】に入っているのだろう?)、黄金律という、およそ普通の人には無縁の用語が出てくる。

このあたりにやはり成功とは何かをもっと考えさせるヒントがある。
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2006年03月16日

しかしやっぱり金持ち父さんのロバートキヨサキの考えが

金持ち父さんの「金持ち父さんの投資ガイド上級編」では平均的な投資家は間違いを犯すことを避け,洗練された投資家は間違いは学習の一部だということを知っている,とある。

思うにわれわれはあまりにも小学校からの学校教育に慣らされ,失敗は恥じだとか失敗は犯罪だ,とか失敗は人間失格だ!と潜在的に刷り込まれつづけてきたのではないだろうか。

だから失敗を利用しようなどという発想にはならないし,自分を伸ばすチャンスなのだ,とも思わない。洗練された投資家に限らず,優秀なエンジニアやスポーツ選手は失敗が多くの情報を含んでいる貴重な天の贈り物だということはわかっていると思うが,その他の平均的な人間はそのことに気がつかない。

気が付かないだけでなく,あろうことか,ウェインダイアーのように,さっさと忘れて今の楽しいことを考えろとか,ジョセフマーフィーのように想像で違うイメージを出し,現実を変えろなどという。

なぜ,現実の世界ですぐに行動しないのか。それこそが金持ち父さんの教えであり,「仕事は楽しいかね」のデイルドーテンの教えである。エジソンや3Mが例に出されるときもこのことが言いたいのではないか。

結局失敗を自分に生かすとしたら,それは学びのための貴重な情報だ,と考えるしかない。体験と考えると,それが自己を否定するような価値を含んだ精神的衝撃になるが,情報と考えれば,それは生かすか,生かさないかという将来に向けての判断材料になる。

そして生かそう!と判断できる人間だけが,今日とは違う明日において,成功への手がかりをつかむのだろう。

失敗については十分掘り下げたように思うので,明日からは「成功」とは何なのか,考えていくことにする。
posted by 成功哲学研究者 at 17:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 成功哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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