2006年03月21日

やはり成功とは「状態」のことなのか

成功とは何らかの「状態」であって、目標や夢ではないのだろうか。そう思ってアールナイチンゲール「人間は自分が考えているような人間になる」(きこ書房)を読むと、確かに成功とは「状態」のことのようである。

というのも彼は、生まれつき裕福な「子どもたちにとって、成功は生まれた時から存在していたのである」(33頁)と書いているからである。

これらのもともと裕福に生まれた子どもたちは、別に夢や目標を立てたわけではないのに、「成功」しているのである。

この前後を読むと、彼が精力的に働いていた第二次大戦前後の時代背景もあるかもしれないが、「成功」している状態を、アメリカに厳然と存在する階級社会の上層に属する人たちの生活スタイルと結び付けている。

車や冷蔵庫、板張りの家を持ち、上品で知的な言葉遣いを自然に使う人間。それらの人間が生きている「状態」が「成功」というものだ。アールナイチンゲールは「成功」を「上流階級」とほぼ同時に捉えている。

そう考えると、目標をつかめとか、夢を持て!とは言えるが、成功をつかめとはいえない。「上流階級をつかめ!」という言い方が奇妙なのと同じである。「上流階級を目指す」という言い方も変だ。そうすると「成功を目指す」というのも変だ。

やはり「成功」とは到達する点ではなくて、長い期間継続し、人がそこに身を置く状態、環境、いや、社会的な地位・身分なのである。

posted by 成功哲学研究者 at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

欧米では成功とは何かの定義は要らない?

自分の書棚には結構、エマソン、カーライルのような古典から、人が読まなさそうなブックオフでひっそりと埃をかぶっているハーヴィマッケイ(誰それ?)までいろいろ揃っている。それで「成功とはなんぞや」というのがズバリ書いてあるものを探しているのだが、意外にもない。

大体成功へのプロセスとか、方法は書いてあるのだが、成功とは何だと言っている人は少ない。ある意味ナポレオンヒルが定義してくれたことはありがたい。

なんで無いのか考えていたら、オグマンディーノの「この世で一番の奇跡」にどうも原因らしきものが書いてある。聖書には、神は人を神の姿に似せて作ったという部分がある。

つまり人は生まれながらにして、完成した奇跡であり、すでに成功した姿を持っているのだ。本来の成功した奇跡の姿をほとんどの人が示すことができないのは、失敗や恐怖不安や疑心などのせいである。オグマンディーノのこの本ではそういう考え方で話が進んでいく。

ということは、成功は何か高いところへ階段を登っていくという、ちょっと東洋的なイメージ(というかこれは進学塾のイメージか?)ではなく、人間本来のもともとの姿に戻るということなのだろうか。

そう考えると、ナポレオンヒルや金持ち父さんが自分をコントロールする、という意味合いが変わってくる。

自分をコントロールするというのは、成功への手段と考えてしまうが、実は本来の完成した自分を恐怖や不安などに投げ込んではいけない。コントロールされた状態そのものが成功した姿なのだ、と言いたいようにも思える。

こういう目で書棚の本をひっくり返してみると、これまでは成功への手段と思われてきた部分が実は成功そのものだった、なんていうことになりそうで、少し意識革命が起きている。

そういえば、目標をめざせ、とはいうが、成功をめざせ、とも成功哲学書は言わないように思う。

すると成功とは、ゴールのような到達点や結果ではなく、ある状態のことを指しているのだろうか?

謎は深まるばかりだ。
posted by 成功哲学研究者 at 00:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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